文字通り、物が積み重なり身動きが取れなかった数年前。ふとしたきっかけで「不要な物ばかり持っている」と気づいてから、たくさんの物を捨てました。その頃の私が目指していたのは、必要なものだけが残っている状態でした。
数やサイズなどの枠に縛られず、適量にしたいという想いで物を選び取る作業を繰り返す日々。その過程で最も重要だったのは、何を必要と感じるかは人それぞれだと理解すること、そして自分の価値観をよく知る事でした。
衣服をファッションとして楽しむ人もいれば、自己表現としてアイデンティティの一部に感じる人もいて、また社会生活において必要な身だしなみと捉える人もいます。
世の中は素晴らしい製品であふれています。でも優れた製品や高級品が自分にとっての必要な物かは別の話。 数億円の絵画を手に入れても、私にとっての価値は、きっとゼロに等しいくらい。愛猫の写真のほうが「自分にとって」価値ある物です。
世間のモノサシと自分のモノサシの違いを理解して正しく使い分けることで、どんな物でも要不要を判断できるようになりました。捨てる事を迷う暇もなく「あの時なぜ欲しいと思ったんだろう?」と過去の自分を疑うほど、不要な物がはっきり見えるように。
自分のモノサシが明確に見えるまでは、この自問自答を繰り返しました。 衣服を例にすると、私は流行を追いかけたい意欲は薄く、自分が着たい・着てしっくりくる服だけを持っている状態が落ち着きます。流行の形や色柄、他者からの見え方を気にした多彩なバリエーションは不要な物。
そんな自分のモノサシに従って、1つ1つ捨てていきました。その結果手元に残った物たちを大切に手入れしながら暮らしています。